城北法律事務所 ニュース No.74(2016.8.1)

緊急事態条項は不要
濫用の危険性が高く実効性に乏しい

弁護士 武田志穂

自民党の改憲草案には、「緊急事態」が盛り込まれています。緊急事態とは、他国からの武力攻撃や、大規模な自然災害等を指し、緊急事態が生じた場合は内閣総理大臣は緊急事態を宣言できると定められています。

緊急事態宣言が発せられると、内閣総理大臣は法律の効力と同等の効力を持つ政令を制定することができ、国民は国の指示に従う義務が出てきます。

緊急事態条項は、必要なのでしょうか?

明治憲法には国家緊急権の規定はありましたが、それが濫用された反省を踏まえ、日本国憲法制定にあたってはあえて緊急事態条項は設けられませんでした。

自民党の緊急事態条項は、緊急事態の名のもとに、内閣が憲法および国会による規律を免れ、権力を内閣に集中させ、人権制限を容易にするものです。憲法上緊急事態は「その他法律で定める緊急事態」とされ、限定されておらず、極めて濫用の危険性の高い条文となっています。

自民党は、東日本大震災の際に災害対策が充分にできなかったことを理由のひとつとして、緊急事態条項の創設の必要性を主張しています。ですが、緊急事態において重要なのは、事前の想定と対策です。

事前に何の議論も準備もできていないことは、災害時にもできないのです。自民党の理由付けは、安倍総理自身が安保法制の制定の議論の中で、「国民の命と平和を守るには何かが起きてから法律を作るのでは遅すぎる」と熱弁をふるっていたこととも矛盾しています。

2015年5月16日、東北弁護士会連合会は、「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明」を出しています。その中でも、「東日本大震災では行政による初動対応の遅れが指摘された事例が少なくない。

しかし、その原因は行政による事前の防災計画策定、避難などの訓練、法制度への理解といった「備え」の不充分さにあるとされている。…災害対策を理由とする国家緊急権創設は、理由がないことを強く指摘し、さらに国家緊急権そのものが国民に対し回復しがたい重大な人権侵害の危険性が高いことから、国家緊急権創設の憲法改正に強く反対する」とされています。

災害対策は、災害対策基本法、災害救助法等の現行法の運用によって充分対応が可能です。緊急事態条項は濫用の危険性が極めて大きいにも関わらずその実効性は乏しく、憲法改正による創設が必要とは考えられません。


ルール無視 南スーダンへの自衛隊派遣
日本国憲法の理念に立ち返れ

弁護士 野口景子

南スーダンという国をご存知でしょうか。2011年に誕生したばかりのアフリカ大陸中部に位置する国です。今、この南スーダンへの自衛隊派遣が問題となっています。

南スーダンは、2013年末以降激化した政治対立が、現在では民族対立にまで発展し、衝突が続いています。今年2月には国連が運営する難民キャンプに武装集団が押し入り、発砲、略奪や放火などにおよび、NGOスタッフを含む18人が亡くなりました。現在も外務省が南スーダンへの渡航中止勧告や退避勧告を出している状況です。

この南スーダンには、現在、国連がPKO活動(国際平和維持活動)を展開しています。日本も2012年1月以降、順次自衛隊を派遣しています。

PKOと聞くと、道路や住宅などのインフラ整備や現地の人々に医療サービスを提供している自衛官が思い浮かびますが、現実はより過酷です。以前は、中立な立場からの停戦監視がPKOの任務でしたが、今日では住民保護のために国連自身が交戦主体となって活動することに重点が置かれています。

しかし、日本の自衛官は、日本国憲法9条が武力の行使を禁じているので、自分の身の安全を守るため以外に武器を使うことはありませんでした。

ところが、2015年9月に成立した安保関連法制(戦争法)では、自衛官の任務に「駆けつけ警護」や「安全確保業務」を加え、さらに、自分の身の安全を守るだけではなく、任務を遂行するための武器の使用も認めると定めました。このため、現在、南スーダンで自衛官が武器使用できる範囲が拡大される危険があります。

法律がどんなルールを決めても、憲法が武力行使を禁止している以上、これが許されることはありません。憲法を守らない政治家など、道路交通法を知ろうともしないまま大型トラックを運転するドライバーのようなものです。

また、日本のPKOは現地で停戦合意が成立していること等の5原則を前提条件に導入されました。しかし、今の南スーダンは、国連の派遣団でさえ5か月で102件の攻撃を受け、うち92件が政府軍や政府の治安部隊によると言われる状況です。停戦合意が事実上破棄されていることは明らかです。憲法もPKO5原則も守らない、ルール無視の姿勢は目に余ります。

日本の自衛隊は、東日本大震災や熊本地震など、さまざまな自然災害時に多くの人命を救ってきました。そうした自衛官の活動を見て「大きくなったら自衛官になる」と決める子どももいます。他方、今、南スーダンでは強制的に徴兵された少年兵が少なくありません。

人を救いたいと自衛官を志した人々が、無理矢理徴兵された少年を殺す立場に置かれることは大変な悲劇です。

日本国憲法が、国際紛争を解決する手段として武力を使うべきでないと謳ってから70年が経ちます。今こそその理念に立ち返るべきです。