城北法律事務所 ニュース No.75(2017.1.1)

注目の法制度

『ヘイトスピーチ解消法』
「人種差別禁止法」制定へ向けて

弁護士 木下浩一

1 はじめに 

2016年6月3日からいわゆる「ヘイトスピーチ解消法」(以下「解消法」といいます。)、正式名称「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が施行されました。

以下、解消法について簡単に解説させて頂きます。

2 解消法制定の背景       

近年、主に在日コリアンに対する2ちゃんねる等ネット上での誹謗・中傷、嫌韓流などの嫌韓本のヒットに加え、在日特権を許さない市民の会(在特会)などのヘイトデモ・街宣が恒常的に行われるようになりました。戦前・戦後を通じて存在してきたヘイトスピーチは、より公然と、より直接的なものへとエスカレートしてきたのです。

こうした社会情勢の中、ヘイトデモに反対するカウンターデモ、国会議員やNGO等の院内集会、国連の勧告など、ヘイトスピーチに対する国内外からの批判が高まり、ヘイトスピーチを法規制する必要性が広く認識されるようになったことが解消法制定の経緯となりました。

3 解消法の内容

解消法は、本文が7条、附則が2条の短い法律です。

「本邦外出身者」に対する「不当な差別的言動」の解消に向けた取組について定めた理念法であり、国及び地方公共団体に対し、相談体制の整備、教育の充実、啓発活動の実施等を義務付けてはいますが、抽象的なものに留まっています。違反者に対する罰則もありません。

しかし、このような法律が施行されたことで、市区町村長は、ヘイトデモ主催者の公園利用申請を不許可としやすくなったり、被害者がヘイトデモ主催者に対して損害賠償請求訴訟を提起した場合に、ヘイトデモが不法行為であると裁判所に認定されやすくなるなどの効果が期待されており、実際に一部の市区町村や裁判所では、解消法の趣旨に沿った判断が下されています。

なお、保護の対象とされる「本邦外出身者」とは、「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身者である者又はその子孫であって適法に居住するもの」と定義されています。主に在日コリアンや日本生まれの二世・三世を対象としていますが、日系人や中国残留孤児も該当しうるとされています。他方、アイヌや沖縄出身者などは対象にならないと考えられています。

4 今後の課題・問題点

上記のように、解消法は、理念法であり、禁止条項も具体的な施策も規定されていません。実行化のための制度の整備が不可欠であり、具体的な施策を規定することも検討されるべきでしょう。また、在留資格のない外国人に対するヘイトスピーチが許されないのは当然であることから、「本邦外出身者」について「適法に居住するもの」という条項は削除する必要があります。

そもそも、解消法は、被害の急速な拡大に対応するため緊急対策として制定されたものです。日本初の反人種差別法としての意義はありますが、今後、包括的・基本的な人種差別禁止法を制定する必要があります。


「テロ等組織犯罪準備罪」の危険性と問題点
合意が成立しただけで処罰!?

弁護士 舩尾 遼

1 内容は何度も廃案になった「共謀罪」

安倍政権は、「組織犯罪準備罪」という名称で組織的犯罪処罰法改正法案の国会提出を狙っています。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックとテロ対策がその法案の必要性であるなどと説明しています。実はこの法案、2003年、2004年、2005年と3回も廃案になった「共謀罪」とほぼ同じ内容の法案です。

2 近代刑法に反する「内心」を処罰する法律    

近代刑法の原則は「行為」を処罰することです。「人を殺した」「財物を窃取」したなど、具体的な行為を行わなければ処罰されることはありません。どのような思想や考え方を持とうと、それだけで処罰されることはありません。これは憲法19条が思想良心の自由を保障していることからも明らかです。内心でなにを考えているかは外部から客観的に明らかなものではないので、外部の行為のみ処罰することによって不当な弾圧的な処罰がされないようにという配慮からです。

しかし、「組織犯罪準備罪」は実際に犯罪行為を行わなくても、「共謀(合意)」が成立しただけで処罰する法案です。「組織犯罪準備罪」は「行為」ではなく思想や内心を処罰することに近づく法案です。仮に、犯罪の実行を行うという共謀であっても、その時点では誰の法益も侵害することにはならず、その可能性は持ちえるものではありません。

このように、「組織犯罪準備罪」は近代刑法の基本原則である「行為」を処罰するという原則に真っ向から反すものです。

3 極めて広い対象犯罪

法案の対象犯罪は「長期四年以上の懲役または禁錮の刑が定められている罪」とされている。この対象は700以上あるといわれています。極めて広い範囲の犯罪が「組織犯罪準備罪」の処罰対象になっています。

4 「組織犯罪準備罪」の多くの弊害 

「組織犯罪準備罪」を処罰するための捜査を口実に、政府の政策に反対する団体や運動体を組織的犯罪集団と決めつけて日常的に監視する恐れがあります。

また、「組織犯罪準備罪」が創設されれば、捜査機関が目をつけた団体や運動体に捜査員を「潜入」させて犯罪の「準備行為」を行わせ、他の構成員との「共謀」をデッチ上げるという事態も充分起こりえます。政府法案には、自首をした場合には無限定かつ必要的に刑事責任を減免するという規定が盛り込まれていて、この規定を悪用すれば、団体や運動体に「潜入」して共謀をデッチ上げた捜査官は「自首」によって無罪放免となる一方で、何も知らない他の構成員が処罰されるということまで起こりかねません。

5 法案を廃案に 

「組織犯罪準備罪」は、国民の監視と密告による運動の弾圧を可能にする立法にほかなりません。必ず廃案にするため頑張りましょう。