城北法律事務所 ニュース No.81(2020.1.1)

改憲特集◉座談会

加藤幸弁護士木下浩一弁護士 司会:田場暁生弁護士

自民党改憲素案たたき台を斬る

安倍政権は改憲に向けて動きだしました。城北法律事務所が、
改憲の動きについてどのように考え、対抗するのかについて座談会を行いました。

第1 参議院選挙の結果と改憲

田場 改憲との関係で、2019年夏の参議院選挙結果をどう考えますか?

木下 自民党の参議院選挙公約は「早期の憲法改正」を明記し、安倍首相は「憲法について議論をする政党を選ぶのか、しない政党を選ぶのか、それを決める選挙だ」と繰り返しました。しかし、自民・公明の与党は改選前から議席を7議席減らし、日本維新の会も含めた参議院における「改憲派」の議席は、選挙前に確保していた、憲法改正の国会発議に必要な3分の2を下回ることになりました。

加藤 市民と野党の共闘の成果ですね。もっとも、参議院選挙後に安倍首相は「私の使命として、残された任期の中で、憲法改正に挑んでいきたい」と述べています。改憲問題はこれからが正念場ですね。

田場 そうですね。自民党は2018年3月25日に、改憲4項目(9条、緊急事態条項、合区解消・地方公共団体、教育)を取りまとめました。その中身についてみていきましょう。

第2 自衛隊の明記

田場 自民党の改憲素案では、憲法9条の後に9条の2を創設し、憲法改正で自衛隊を憲法に明記するとしています。自民党はなぜ、自衛隊の明記にこだわっているのでしょうか。

自民党憲法改正「条文イメージ(たたき台素案)」

第9条の2

①前条の規定は、わが国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高監督者とする自衛隊を保持する。

②自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

加藤 自民党は自衛隊違憲論を解消することが目的だと説明していますが、真の目的は、自衛隊が米軍と一体となって海外で軍事活動できる範囲を広げることにあります。2019年5月に、安倍総理が訪日中のトランプ大統領に一機100億円以上するF35戦闘機を105機追加購入する意向を伝え、話題となりました。こうしたアメリカからの大量の武器購入や米軍関連予算の増大、自衛隊と米軍の共同訓練の常態化など、自衛隊と米軍との一体化が進んでいます。海外での米軍の活動に自衛隊が参加するために、「自衛隊の活動の歯止めとなってきた憲法9条による制約を取り払いたい」というのが本音だと思います。

木下 現在の憲法9条をそのまま残し、9条の2を設けることで、憲法9条の本質は変わらないかのように装っていますが、9条の2が創設されることで9条の本質は大きく変化します。「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため」と言えば、憲法9条の制限を乗り越えて自衛隊が活動できることになるわけですから、憲法9条の意義が骨抜きにされる恐れがあります。

田場 解釈次第では、自衛隊が海外で武力行使する機会が増えていくということですね。その場合、自衛隊員が加害者になるだけでなく、被害者となる危険もあります。また、アメリカでは退役軍人がPTSDを発症したり、自殺したりするといった事例が問題となっています。米軍と同じように軍事活動を行う場合には、自衛隊員にもそのような問題が起きる危険性が高いです。

加藤 安倍政権は自衛隊員の募集のために、地方公共団体に名簿の提出を求めるなどし、自衛隊も募集活動に力を入れています。しかし、自衛隊の志願者は年々減少しており、政府は危機感を持っています。自民党は、「徴兵制は合憲にはならない」と言っていますが、自衛隊が憲法に規定された場合、これまで徴兵制を違憲としていた憲法判断が守られる保証はありません。

木下 自衛隊に入隊することを条件に大学の奨学金を出すといった「経済的徴兵」や、医療、建設、運輸などの専門的職種に対する軍事動員すなわち「徴用」も危険ですね。「国と国民を守るため」に、憲法上の機関である自衛隊に協力しろと要請されるわけです。断りにくくなりますよね。

田場 自衛隊に対する文民統制の問題もあります。素案では自衛隊の最高監督者は総理大臣とされていますが、これは「天皇は陸海軍を統帥す」という明治憲法の規定に匹敵するものです。

加藤 閣議決定すら必要なく、総理大臣の意思だけで自衛隊を動かすことができるとも読めます。また、国会の承認も「法律で定める」とされているだけで、事前の承認が必要ということすら規定されていません。

木下 防衛費の増大という問題もありますね。日本の防衛費は年々増大し、すでに5兆円を超えています。社会保障費が削減され、年金制度や社会保険制度が危うくなっている中、軍事費を増加させることが適切なのか、よく考える必要があると思います。

第3 自衛隊の明記以外の条項

1 緊急事態対応(緊急事態条項)

田場 自衛隊の明記とセットとなっていると言われているのが、緊急事態対応、いわゆる緊急事態条項ですね。緊急事態条項とは、戦争や自然災害などの緊急事態に際し、権力者が憲法を守らず自由に行動することを認めるものです。この条項についてどう考えますか?

加藤 自民党は、自然災害に対応するために必要などとしています。近年、日本では大規模自然災害が多発しているので、そのような条項があった方がいいのではと思う方もおられるかもしれません。しかし、災害には、「災害対策基本法」などの法律で対応できますし、不十分な部分については同法を改正すればいいだけのことです。自民党には、抽象的に災害対応の必要性などというのではなく、「緊急事態条項が無ければ対応できない事例」というものを一つでも示してもらいたいものです。

木下 ここで、もう一度、憲法とは何かということに立ち返って考える必要があると思います。憲法とは、国家権力を縛るものです。それを、縛られている国家権力自らが拘束を解けるというのが緊急事態条項であり、悪用や独裁の危険性が極めて高いものです。自民党は、要件が限定されているため、そうした危険は無いと言っていますが、ヴァイマール憲法の緊急事態条項には、自民党が言うような要件が定められていたにも関わらず、ヒトラーは、同条項を利用して独裁を進めていったのです。

田場 そもそも、自民党の緊急事態対応は自然災害に限定されているのでしょうか?条項の記載や自民党の説明によると限定されているように思えてしまいますね。
加藤 緊急事態条項が明記されさえすれば、後は法律で「災害」の内容を決めることになりますので、「戦争」を「災害」に含めることも可能です。

田場 そうした意味で、緊急事態条項は、自衛隊の明記とセットで戦争できる国づくりの一貫と言えるのでは無いでしょうか。

2 教育充実

田場 教育の充実について反対する人はいません。素晴らしい憲法改正ですか(笑) ?
木下 ここでも、憲法が国家権力を縛るものであるということを再確認する必要があるでしょう。憲法は、国家権力に対し、教育の充実を制限するような規定は設けていません。本当に自民党が教育を充実させたいなら、今の憲法でも何ら制約は無いのです。

田場 それにも関わらずなぜ自民党は、教育の充実を4項目に入れているかということですよね。

加藤 自民党が教育の充実に熱心だという印象はありません。改憲派である日本維新の会が「教育無償化」を強調していることに応答するとともに、聞こえのいい条項を入れ込んで自衛隊明記や緊急事態条項の問題点から目を逸らそうとしていると考えざるを得ないと思います。

3 合区解消等

田場 時間が迫ってきましたが、最後に合区解消等が残りました。

加藤 合区解消に関する条項を見ただけでは何が問題なのかわかりにくいですが、投票価値の平等(各投票が選挙の結果に対してもつ影響力の平等)が毀損されるおそれがあるという結論だけは確認しておきたいと思います。民主主義の基礎に関わる重大な問題をはらんでいると思います。

木下 同条項も改正する必要は全くありません。

第4 今後の取り組み

田場 2019年も城北法律事務所は、憲法改正に反対する取り組みをしました。

加藤 9月には気鋭の若手政治学者白井聡さんと民族派の「愛国者」鈴木邦男さんをお迎えして、『オリンピックから改憲へ!? ~深まりゆく対米従属から抜け出す道は』という企画を行い、憲法改正のバックグラウンドについて深く学ぶ機会を設けました。約200名の皆様の参加を得ました。

木下 毎月、池袋西口で街頭宣伝を行い、改憲に反対する全国3000万人署名を呼びかけました。弁護士会や法律家団体などで、改憲対策に関わる役職に就いて活躍した弁護士も城北には何人もいますね。

田場 2020年はどのような取り組みをしましょうか

木下 先ほど議論したような自民党改憲案の問題点を広く知らせる取り組みをしたいですね。豊島、板橋、練馬を中心とした憲法学習会も積極的に取り組んでいきましょう。

加藤 憲法改正の国民投票法の動向にも目を配る必要があります。国民投票法は、最低投票率の定めがない、公務員・教育者への強い運動規制があること、宣伝効果が絶大なテレビの有料広告規制がないことなどたくさんの問題があります。

田場 不合理な格差を容認する「身の丈に合った(英語民間試験の)受検を」(萩生田文科大臣)との発言に見られるように、憲法を全く理解していない、自民党を中心とした政治家が大手を振っている状況の中、改憲に抗うだけではなく、現在の憲法を活かす取り組みもしたいですね。

昨年愛知で開催された従軍慰安婦や天皇に関する展示などをしていた「表現の不自由展・その後」が、これらに対する抗議などを理由にいったん中止となりましたが、全国の市民の力で再開を勝ち取りました。私も、この企画の一つのきっかけになった、2015年練馬で開かれた「表現の不自由展」の警備にあたりました。右翼の抗議活動などもありましたが、無事に運営されました。改憲に対抗するとともに、憲法の価値を実現できる社会を目指してともにがんばりましょう。