城北法律事務所 ニュース No.81(2020.1.1)

〈事件報告〉原発被害訴訟とオリンピック

弁護士 阿部 哲二

2020年東京オリンピックの競歩とマラソンの会場が札幌と決まった。ドーハで行われた同種競技で棄権者が多くでたことから、灼熱の8月の東京開催で死者を含む被害が出たら大変なことになると、オリンピック委員会が強権を発動したとのこと。

ここから原発問題に話しを持っていくのは強引かもしれないが、生命と健康が何より大事という点で考えると、原発訴訟で時々裁判所は訳の分からぬ判断をする。福島沖での巨大津波の発生が予見できたとしても、その予見の程度は低いから、高さ15メートルの防潮堤を設置したり原発の運転を停止したりする責任は、東電の役員や国には認められないというものだ。しかし、事故が起こってからでは遅い。まして放射能汚染である。防潮堤を作るのに時間と費用がかかるなら、原子炉が停止して冷却が進まなくなり爆発して放射能が飛散するなどということが「絶対」に起きないように非常用電源を整備したり、原子炉施設が津波をかぶらないように密室化するなど、やれることはいくらでもあった。

一方で自然の破壊力はすさまじく、考えられないことが起きる。地球温暖化の影響で、猛烈な暑さ、ゲリラ豪雨、最強の台風と、これまでに経験したことがないと気象庁が連呼する天気が続く。東京で競歩やマラソンが、誰が世界で一番早く長距離を歩き走れるのかを競うのではなく、誰が一番長く暑さに耐えられるかの闘いになり、その犠牲で生命と健康の被害がでるのは避けて貰いたい。道路の高温化対策など現場での苦労をしてきたのは分かるが、来年の夏の暑さがこれまで以上になりうることは予想の範囲内である。生命と健康を守るためには万が一を考え万全の対策を取ること。それにはすぐに取りかかれる事はすぐに行っておくことだ。

原子炉を停止させるほどの切迫した予見はなかった、だから責任はないなどという空中戦のような責任判断は許されない。

これまで、群馬、福島、いわき、千葉、東京、神奈川など、多くの地方裁判所で判決が言い渡されてきた。裁判所は責任判断で揺れ動き、また、被害認定では極めて低額の慰謝料判断が続く。画期的といわれるハンセン病家族訴訟でさえ、認定された慰謝料額は130万円。家族の小さい頃からの60年以上にも及ぶ被害とするなら1年間で2万円にもならないのか。裁判所の被害認定額は一体どこから算出されるのか。今まで高額な慰謝料を裁判所は認めたことはない、だから前例踏襲で低いままなら、いつまでも変わらない。

2020年、事故から9年目を迎えるオリンピックの年に、原発被害訴訟の判決は東京高等裁判所、仙台高等裁判所など上級審でいくつも言い渡される予定。

東京電力、さらには国の責任を徹底して明らかにし、被害に見合った賠償が何かを明らかにさせ、復興へつなげたい。