城北法律事務所 ニュース No.83(2021.1.1)

<事件報告>はっさく訴訟について

弁護士 木下 浩一

1. はっさく訴訟とは

2013年から2015年までの間、3回にわたり実施された生活保護費の大幅引下げによって、生活保護世帯の96%にあたる200万人以上が生活扶助費を減額されました。これにより、1世帯あたり平均6.5%、最大10%もの生活扶助費が引き下げられることになり、もともと厳しい生活を送っていた生活保護受給者が、さらに困難な状況にさらされています。

なお、生活保護基準がどこに設定されるかというのは、生活保護を受給している方だけの問題ではありません。生活保護基準は、就学援助の給付対象基準、個人住民税の非課税基準、国民健康保険料等の減免基準、最低賃金等、国民の生活を支えるさまざまな制度に連動しているため、現代日本における「ナショナルミニマム」(国民的最低限)の意味を持っており、社会保障制度全体の問題でもあります。

生活保護引下げ違憲東京国賠訴訟は、東京都内に住む生活保護受給者約30名が、このような減額支給決定が違憲違法であるとして、保護費減額処分の取り消しを求めるとともに、国に対して国家賠償を求める裁判です。本件訴訟のことを、通称「はっさく訴訟」と呼んでいますが、これは、第1回の引下げが2013年8月1日に行われたことから、旧暦の八月朔日にちなみ、同日を決して忘れないという意味で名づけたものです。

2. 引下げに至る経緯

2012年4月、自民党生活保護プロジェクトチームのメンバーが、芸能人の親族が生活保護を受給していること自体を問題視し、「不正受給」であると非難を浴びせる「生活保護バッシング」が始まりました。そして、同年12月の衆議院議員総選挙に際し、自民党は「給付水準の原則1割カット」をマニフェストに明記し、政権奪還直後には、これに符合する最大10%の生活扶助基準引下げの方向性が示されました。当初から引下げ自体を目的とした政治的意図により実施されたことは明らかです。

また、国は、専門家による客観的な検証のために設置された基準部会の審議内容を無視・軽視し、生活扶助相当CPIという独自の極めて恣意的に作られた基準を用いて引下げの根拠としています。

3. 訴訟の進行状況や生活保護を取り巻く状況

訴訟は2020年9月に専門家証人(木村草太教授)の尋問が終了しました。国は生活保護基準が策定された経過、特に、どうしてこのような引下げ幅になったのか、その根拠、計算方法等を明らかにしていませんが、そのような国の態度自体が、違憲・違法を導くことが明らかにされたものと考えています。いよいよ訴訟は大詰めを迎えています。

他方で、厚労省は、全国で同種の裁判が進行中であるにも関わらず2018年から、更に生活扶助基準の大幅な引下げを強行しています。

政府主導の「生活保護バッシング」は、国民意識にも深く浸透してしまい、生活保護受給者が他の困窮者から目の敵にされるという弱者対弱者の構造が作出されてしまっている状況です。生活保護受給者である原告の方々は、そうしたまなざしにさらされ強い孤独感を感じている人も多いので、傍聴にかけつけてくれるだけでも大きな心の支えになります。今後ともご支援を頂ければ幸いです。