城北法律事務所 ニュース No.84(2021.8.1)

目次

弁護士に聞きたい
どうして弁護士になったの?

弁護士 武田 志穂

私が弁護士になることを考え始めたのは、高校生の頃でした。大学進学の際に自分の進路や将来の仕事について考える方が多いのではないかと思うのですが、私もそうでした。私の両親はいずれも医師で、二人で医院を開設し開業医として働いていましたが、特に親から医師を勧められることもありませんでした。ただ、特に女性ならば母のように何らかの国家資格を取得しておいたほうがよいと漠然と考えており、弁護士の資格(法曹資格)の取得を考えるようになり、中央大学の法学部に進学しました。

司法試験の受験勉強を開始した頃は、世間で過労死の問題が取り沙汰されることが多くなっていた時代でした。亡くなった方は亡くなる前どんなお気持ちだったのだろう、死ぬまで働かせていた会社は労働者を単なる道具としてしか見ていなかったのではないか、等ニュースなどを見て色々感じていたことを覚えています。それゆえ当時は、労働法分野に関心を持つようになり、当時司法試験には法律選択があったのですが選択科目として労働法を選択していました。

その後何度かの受験を経て、私は2000年に司法試験に合格しました。合格後は気持ちと時間に余裕が出てきたので、弁護士主催の学習会などにも参加するようになりました。先に述べた過労死問題やハンセン病の問題、中国残留孤児の問題など、色々な問題について担当している弁護士の話を聞くことができ、とても有意義な学習会を多く受講させていただきました。

司法試験に合格すると司法研修所に入所し、二回試験(卒業試験のようなものです)に合格すると法曹資格を取得でき、資格としては弁護士・裁判官・検察官のいずれにもなることができるのですが、弁護士志望は変わりませんでした。もともとマイペースな性格でもあることから、弁護士が最も向いていたと思います。

2002年に二回試験に合格し、同年10月に弁護士登録をすることが出来たのですが、ちょうどその時期に薬害肝炎訴訟が提訴されました。C型肝炎ウィルスに汚染された血液製剤を投与された患者がC型肝炎に罹患してしまい、国に損害賠償請求を求めた訴訟です。私の同居していた祖父がC型肝炎による肝がんで亡くなっていたことから、「なぜC型肝炎は国民病と呼ばれるまでに多くの日本人が患っているんだろう」という疑問をもともと抱いていたこともあり、私は薬害肝炎訴訟の弁護団に弁護士登録後すぐに加入させていただき、その後当初考えていた労働問題よりも、薬害や医療問題に多く関わるようになり、現在に至ります。