城北法律事務所 ニュース No.85 2022 新年号 (2022.1.1)

目次

『緊急事態条項』と改憲の必要性

弁護士 田場 暁生

昨年10月、総選挙が行われました。自民党は、衆院選公約の中で「憲法改正の条文イメージ」として、「自衛隊の明記」「緊急事態対応」「参議院の合区解消・地方公共団体」「教育充実」の4項目を提示していました。毎日新聞の調査では、新たに当選した衆議院議員のうち、77%が「緊急事態条項を憲法に書き込むべき」という回答です。また、自民党の国会議員中心に、「新型コロナウイルス感染拡大のような事態に対応するためにも、緊急事態条項を憲法に書き込むべきだ」という意見が出ています。

緊急事態条項(国家緊急権)とは、戦争・恐慌や大規模な自然災害などの緊急事態の際、通常は認められない人権制限などの非常措置を政府がとることを認めるものです。国は憲法に基づいて政治を行わなければならないという原則を緊急事態のときに解除することを内容としています。新型コロナウイルス感染拡大のような事態に対処するために、憲法に緊急事態条項を規定する必要があるのでしょうか。

政府与党が採ってきた新型コロナウイルス対策については、水際対策、検査や医療の体制確保、自粛要請に関する補償など、憲法を改正しなくてもできる対策がいくらでもあります。また、人の流れを増大させる「GO TO」キャンペーンなどの施策の是非も問われなくてはなりません。新型コロナウイルス対策としては、憲法改正以前に政府与党のこのような政策を検証する必要があります。

他方、この間、日本では「ロックダウン」(都市封鎖)という措置がとられませんでしたが、このような強力な措置をとることができるようにするために憲法改正が必要だという議論があります。これについては、まずは、日本においてロックダウンの必要があるかどうかを検証したうえで、必要であるとなった場合に法律によってロックダウン規定を設けることができるかどうかを検討し、それができないという結論が出たときに、それでもなお緊急事態条項と憲法改正の議論に移るべきだと考えます。実際、欧米諸国では憲法に緊急事態条項があるかどうかにかかわらず、多くの国は法律に基づいてコロナ禍に対処しています。

国の基本法である憲法をいじる前に、まずは現在やれることをやるべきだということです。自民党が掲げる「教育充実」も、憲法を改正せずにできることはいくらでもあります。総選挙で議席を伸ばした日本維新の会が憲法改正の内容として掲げる「教育無償化」も、憲法の改正なしに法律で規定すれば実現できます。

戦前、明治憲法(大日本帝国憲法)には緊急事態に関する条項がありましたが、戦争に反対する人たちを弾圧する悪名高い治安維持法の改正などで濫用されました。このことについての深い反省から、現在の日本国憲法では緊急事態条項は規定されていません。このような歴史的な背景や事実を踏まえて、緊急事態条項と憲法改正については慎重に考えるべきではないでしょうか。