城北法律事務所 ニュース No.86(2022.8.1)

目次

特集 ロシアのウクライナ侵攻と改憲の問題点

ロシアのウクライナ侵攻と国際法、憲法9条
~国際法、憲法9条は無力なのか~

弁護士 久保木 太一

1 ロシアによるウクライナ侵攻

2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を開始しました。

戦車が行進する様子、爆撃によって廃墟となった市街地の様子が、連日連夜メディアで報道されました。

戦争の「リアル」に思わず目を塞ぎたくなったのは、私だけではないはずです。

そして、このような疑問を抱いたのも、私だけではないはずです。

国際法は無力なのか。

また、憲法9条は無力なのか。

2 ロシアの国際法違反

ロシアの侵略行為は、国際法違反です。そんなこと指摘されなくても分かっているという方が多いかと思いますが、一応確認しておきます。

ロシアの「特別軍事作戦」は、国連憲章第2条4に具現された武力行使禁止原則に違反します。「一国の軍隊による他国の領域に対する侵入」は、典型的な侵略行為であり、「政治的、経済的、軍事的またはその他のいかなる性質の事由も侵略を正当化するものではない」(1974年国連総会決議)。ロシアの行為は、教科書的な侵略行為なのです。

「特別軍事作戦」を見ても、ロシアは、ウクライナの一般市民を攻撃したり、民用物(チェルノブイリ原発など)を占拠したりと、国際法違反を数え上げれば枚挙にいとまがないほどです。

プーチンによる核兵器使用の威嚇も、国連憲章が禁止する「武力による威嚇」に他なりません。

3 国際法は無力なのか

ロシアはこれだけ国際法に違反しているというのに、ロシアの軍事侵攻は止まりません。国連の安保理決議は、常任理事国であるロシアの拒否権により不採択となってしまいます。ロシアを非難する総会決議はすでにいくつか採択されていますが、法的拘束力はありません。

国際法は無力だ、という考えが生まれるのもやむをえないかもしれません。

しかし、「ロシアは国際法違反」を訴え続けることには意義があります。

なぜなら、強制力を持たない場合であっても、国際法は、客観的なルールとして機能するからです。それは、国籍、政治信条、宗教に関わらず、多くの人が納得できる共通の基準として、大いに意味があるのです。

そして、国連総会決議は国際世論を代表します。国際世論は、いずれロシア国内に届きます(もう届いているのかもしれません)。国際世論に反した戦争は、やがて立ち行かなくなるでしょう。

4 憲法9条は無力なのか

先の大戦における多くの犠牲と反省の下で作られ、75年間守られ続けてきた憲法9条の価値は普遍のものです。憲法9条が掲げる平和主義は、真理です。一朝一夕では揺るぎません。

ロシアのウクライナ侵攻で再確認できたことは、戦争は一旦始まるとなかなか収束しない、ということです。

大事なことは、戦争をどう防ぐかであって、戦争が起きたらどうするか、ではありません。

私たちは今、メディアを通じて、戦争後の光景を嫌というほど見せられています。戦争の真っ只中におかれれば、武器が欲しい、という気持ちになるのは、ある意味当然です。

しかし、戦争前のロシアとウクライナとの間の長年に続く政治的、経済的、軍事的なせめぎ合いについては、あまり知られていません。果たして、ウクライナは、何の前触れもなく、ロシアという「強盗」に入られたのでしょうか。

繰り返しますが、大事なのは、「戦争をどう防ぐか」です。それは決して楽な道ではありません。自民党内では、中国に対峙するために防衛費GDP比2%を達成させようという意見が出ていますが、仮に軍事費が2倍になったとしても、中国には及ばず、むしろ中国の軍拡を促し、緊張を高めるだけでしょう。「軍事で戦争が防げる」、という考え方はハッキリ言って「お花畑」です。

戦争を防ぐためには、憲法9条の理念に沿った平和外交によって、緊張と対立を少しずつでも解消していくほかないのです。

日本を「戦争する国」にしないために必要なこと
~ロシアのウクライナ侵略に乗じた憲法9条改憲、軍拡論議の問題性~

弁護士 平松 真二郎

2月24日にロシアがウクライナへの侵略を開始し、数か月が経過しましたが、戦火は拡大し、数多くの市民が犠牲となっています。ロシアの侵略は国際法の武力不行使原則を踏みにじり、武力による国際平和秩序の変更を企てるもので正当化される余地はありません。 

今回のロシアの侵略は世界中で安全保障に関する価値観に多大な影響を及ぼしています。ノルウェーとフィンランドがこれまでの中立政策から北大西洋条約機構(NATO)加盟へと舵を切りました。ドイツでもそれまでNATO非加盟国への武器供与を制限していましたが、今回非加盟国であるウクライナへの武器供与を行っています。

日本国内でも憲法9条の改憲を目指す勢力からは「憲法9条では国を守れない」、「国連は無力」、「核共有を進めるべき」などの発言が声高になされるようになっています。そんななか、4月26日、自民党は、「力による一方的な現状変更、そして、それを試みる明白な意図の顕在化という厳しい安全保障環境はインド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいても例外ではない」とし、国家安全保障戦略等の改定に向けて、相手国の指揮統制機能等も対象とした敵基地攻撃能力の保有や、対GDP比2%を念頭にした軍事費(防衛費)の大幅増の提言を公表しました。この自民党提言に従った憲法9条の改憲がされれば、憲法上の自衛権行使に制約はなくなり、わが国への侵害の「おそれ」ないし「明白なおそれ」がある場合に、個別的自衛権の行使として「反撃」が正当化されることになります。そして、それと連動して、集団的自衛権の行使についても制限がなくなり、同盟国である米軍の飛行機や艦船が攻撃されるおそれがある場合、自衛隊が集団的自衛権の行使として、敵国の領域内にある基地を攻撃することも憲法上許容されることになります。

この提言の狙いは、集団的自衛権行使や敵基地攻撃など、自衛隊が米軍とともに海外における戦争や武力行使への介入を憲法上許容されるようにする点にあります。しかし、そのことが日本による他国への侵略や先制攻撃につながるおそれ、さらにそれに対する反撃を呼び込むおそれを増大させる危険性をはらんでいます。こうした危険性、攻撃性を国民に覆い隠すため敵基地攻撃能力を「反撃能力」と言い換えていますが、まったくの欺瞞というほかありません。

今回のロシアの侵略の背景にはNATOの東方拡大があるとも指摘されています。軍事同盟を強化し、拡大することは、かえって軍拡競争を激化させ、平和や安全を損なうことにつながります。この機に乗じて憲法9条改憲を狙う動きは、周辺国との軍事的緊張を高め、かえってわが国で暮らす人々のいのちや暮らしを危険にさらすものです。

相互不信や軍拡競争による負の連鎖から抜け出し、平和と安全を実現するために「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」憲法に基づいて、軍事力に頼らない方法で平和秩序を実現することが求められています。