城北法律事務所 ニュースNo.87 2023新年号(2023.1.1)

<事件報告>弱者対弱者の対立構造を乗り越えて
~生活保護引下げ違憲東京国賠訴訟(はっさく訴訟)勝訴判決~

弁護士 木下 浩一
 
1 勝訴判決

2022年6月24日、東京地方裁判所は、東京都内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護基準の引下げ(以下「本引下げ」といいます。)は生存権を保障した憲法25条に反するなどとして、保護費を減額した処分の取消しを求めた訴訟において、本引下げは厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱又は濫用するもので生活保護法に反する違法があると判断し、保護費の減額処分を取り消す判決を言い渡しました(その後、控訴されていますので判決は確定していません)。

判決内容の詳細は紙面の関係でご紹介できませんが、興味がおありの方は、下記URL(QRコード)に判決要旨及び判決全文のPDFがアップロードされていますので、ご確認頂ければと思います。

https://inochinotoride.org/whatsnew/220624_tokyo

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なお、本件訴訟のことを、通称「はっさく訴訟」と呼んでいますが、これは、第1回の引き下げが2013年8月1日に行われたことから、旧暦の八月朔日にちなみ、同日を決して忘れないという意味で名づけたものです。

2 全国の状況

本引下げについては、全国29の地方裁判所に30の訴訟が提起され、合計約1000名が保護変更決定処分の取消し等を求めています。既になされた地方裁判所の判決は2022年11月1日時点で本件を含め13件であり、その内4件で原告の取消請求が認容されています。認容判決の方が少ないものの、直近4件の内3件で認容判決が言い渡されており、潮目が変わったものとの評価もあります。

3 生活保護基準は国民全体の問題

生活保護基準は、生活保護を利用している方々だけの問題ではありません。国は、生活保護基準の引下げに伴い、直接影響を受ける国の制度として、47の分野を例示していますが、この中には、就学援助、指定難病患者への医療費助成、介護保険料・障害福祉サービスの利用者負担の減免、国民年金保険料の減免基準等が含まれています(この中には、住民税の非課税基準等が含まれておらず、影響のある分野は47分野に限られません)。このように、生活保護基準は、国民の生活を支えるさまざまな制度に連動しているため、現代日本における「ナショナルミニマム」(国民的最低限)の意味を持っており、社会保障制度全体の問題でもあります。したがって、国民全体にとって重要な意味を持つものです。

4 弱者対弱者の対立構造を乗り越えて

そもそも、本件引下げの経緯は、2012年4月、当時野党であった自民党生活保護プロジェクトチームのメンバーが、芸能人の親族が生活保護を受給していること自体を問題視し、「不正受給」であると非難を浴びせる「生活保護バッシング」にまで遡ります。賃金が低い、年金受給額が低い等と不満を持つ国民は、本来であれば連帯してその矛先を政治に向けるはずですが、政治により、生活保護受給者が、他の困窮者からも目の敵にされるという弱者対弱者の構造が意図的に作出され、貧困解消に関する政治の無策へ批判が向かない状況が続いてしまっています。

今回の判決は、人権保障最後の砦として、裁判所の矜持を示したものと評価できますが、かかる判決に対する多数の心無い意見を耳にすると、偏見を排し、国民全体の力によって乗り越えていかなければ根本的な解決には至らない問題なのだと改めて思い至りました。