城北法律事務所 ニュースNo.87 2023新年号(2023.1.1)

<法改正>侮辱罪厳罰化改正法
施行と問題点

弁護士 久保木 太一

2022年6月13日、侮辱罪を厳罰化する改正刑法が国会で成立し、2022年7月7日より施行されました。侮辱罪(刑法231条)の法定刑は、元々、「30日未満の拘留、1万円以下の科料」でした。それが今般の法改正によって、「1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金」に加重されたのです。この法改正の背景には、ネット上での誹謗中傷が社会問題化していることがあるとされています。

確かに、SNSを多く利用する世代である私も、ネット上の誹謗中傷を防止し、被害を小さくすることは必要であると感じます。

しかし、その手段として、SNSサービスを提供している運営者・管理者に迅速な対応を義務付けるなどの方法をとるのであればともかく、刑罰法規である侮辱罪を厳罰化することには問題があるように思います。

刑法には、侮辱罪のほかに名誉毀損罪(刑法230条)が定められており、名誉毀損の方が法定刑が重くなっています。名誉毀損罪と侮辱罪との違いは、事実摘示の有無です。名誉毀損罪の対象となるのは、たとえば、「政治家Aは、建設会社Bから賄賂を受け取っている」という事実摘示です。他方、侮辱罪では、事実摘示が不要ですので、「政治家Aは金に汚い」でも対象になります。そのため、どの表現が侮辱罪(「侮辱」)の対象となるかを正確に判断するのは困難です。

たとえば、「政治家Aはよくない」「政治家Aは嫌い」「政治家Aはやめろ」が侮辱罪の対象になるのかどうかは、ケースバイケースの判断になるでしょう。どの発言が侮辱罪になるのか分からない以上は、国民は表現を控えるしかないでしょうから、表現に対する萎縮効果が働きます。

さらに、名誉毀損においては、いわゆる真実相当性の法理があります。簡単にいうと、公益的な事柄(政治に関することなど)については、一定の根拠に基づいて表現がされた場合には免責されます。上の例でいえば、政治家Aが実際に建設会社Bから賄賂を受け取ったと考えたことに一定の根拠があれば犯罪にはならないのです。

しかし、そもそも事実の摘示のない侮辱罪では、このような免責法理がありません。ゆえに侮辱罪の厳罰化は、政治を批判する表現に対する萎縮効果がより一層心配されるのです。

2017年、共謀罪(テロ等準備罪)が法案審理され、強行採決されました。当時弁護士1年目だった私は、反対運動に深く関わり、国会にも足繁く通っていました。侮辱罪の厳罰化についても共謀罪と共通した点があります。それは、とにかく警察の捜査対象を広げよう、という点です。拘留から懲役刑に侮辱罪の罰則が引き上げられることによって、逮捕・勾留の要件が緩和され、捜査機関の権限が拡大されます。捜査対象が広がっても、捜査機関の対応能力には限界がありますので、全ての事件を捜査できるわけではありません。捜査機関において、ある事件は捜査し、ある事件は捜査しないという恣意的な選別が行われることになります。

国民の正当な表現を萎縮させ、捜査機関への不要な権限拡大を招く厳罰化された侮辱罪の運用には、慎重を期すことが求められます。