城北法律事務所 ニュースNo.90 2024夏号(2024.8.1)

憲法特集◎クロストーク

手続きなき実質改憲の危険性と日本の民主主義・法の支配の行方

弁護士 湯山 花苗/弁護士 久保木 太一/弁護士 片木 翔一郎

片木 自民党がいよいよ改憲をやると言われて久しいですが、最近は、改憲の話があまり進んでいないように見えます。すでに、前回の参議院選挙でいわゆる改憲派(自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党)で衆議院参議院ともに議席数の3分の2を超えていますので、改憲の発議自体は十分可能ですよね?

久保木 たしかに、この間、改憲の発議はありませんでした。とはいえ、国会会期中、衆参両院では憲法審査会が開催され続け、改憲派は、議員任期延長改憲を強行しようとしています。もっとも、民主主義の根幹を揺るがす自民党裏金問題や、物価高の影響で市民の暮らしが脅かされ、内閣支持率が低下しているというのもあって改憲派の思うようには明文改憲を進められていないというのが実情かと思います。

湯山 同性婚の問題や、最高裁で違憲判決が出た性別転換の問題など、優先的に議論しなければならない憲法課題が山積みになっているということも、いますぐに明文改憲を発議できない事情の一つでしょう。憲法審査会での動向も含め、明文改憲に向けた動きを注視することは大切ですね。他方、現在の情勢において、「実質改憲」についてはより警戒が必要なのではないでしょうか。

片木 「実質改憲」とはなんですか?

湯山 改憲手続を経ないまま、既存の法令の解釈や運用の変更によって憲法の実質的な中身を変えてしまうことです。2015年に、あれだけの市民運動の盛り上がりにも関わらず強行採決された安保法制(戦争法)はその代表例でしょう。安保法制(戦争法)によって、これまでの政府の解釈上、憲法9条違反であるとされた集団的自衛権が、改憲手続を経ないままで認められてしまいました。

片木 なるほど。さらに直近では2022年12月に、岸田政権は閣議決定によって、これまで憲法9条の趣旨に則って保有しないとされていた敵基地攻撃能力の保有に踏み切っています。これも実質改憲ですね。

久保木 そのとおりです。また、今国会で採決されてしまった地方自治法の改正も、実質改憲です。自民党の改憲案には緊急事態条項というのがありますよね。緊急事態条項は、災害や戦争など「緊急事態」と内閣自身が判断した場合には、内閣が国会の権限(立法権)を兼ねることができるとするものです。とても簡単に言うと、「緊急事態」の際に内閣や総理大臣の権限を大幅に強化できるとするものです。国の指示権拡大を認める地方自治法の改正は、これの自治体版といえます。改憲派が改憲によって目指している緊急事態条項の一部を、地方自治法の改正によって先取りしているのです。

湯山 今回の地方自治法改正には、とても問題が多いと感じています。例えば、国が自治体に指示権を行使できるのは「重要影響事態」である場合とされています。これは緊急事態条項の「緊急事態」より広い概念です。つまり、「緊急事態」とまではいえない状況でも政府が指示権を行使できるとするものです。また、災害対策が目的であるとする政府の説明にも疑問があります。

片木 思い出してみると、コロナ禍において、安倍政権は、突然、 全国の学校に対して、一斉休校を命じましたよね。そのことが全国に混乱をもたらし、政府内でも反省の声があると聞きました。政府が一方的に指示するのではなく、それぞれの地方のことは現場のことをよく知る自治体が対策を考えた方が、混乱も生じず、適切な対応ができるように思います。

久保木 そもそも、災害対策と言いながら、政府は、年始に起きた能登半島地震の被災地には十分な支援を行なっていません。そして、本来災害対策に充てるべき国の予算を、大軍拡のために回しています。今回の地方自治法の改正の目的について、災害対策はあくまでも口実で、実際の目的は、中央統制の体制を作ることによって「戦争をする国づくり」を進めることにあると疑われても仕方ないと思います。

湯山 他にも今国会で成立した問題のある法律として、経済秘密保護法があります。これは、2013年に市民の激しい反対運動の中で強行採決された特定秘密保護法の「経済安保版」といわれるもので、セキュリティ・クリアランス制度という内容を含んでいます。セキュリティ・クリアランス制度とは、特定の国家機密・企業秘密などを扱う者に対して厳しい身辺調査をしたり、これらを漏洩した者に厳罰を科したりするものです。これは政府の秘密主義、監視国家化を強める一方で、市民のプライバシーや報道の自由を大きく制約します。それにも関わらず、特定秘密保護法の時とは違い、経済秘密保護法は、それほど大きな反対運動もないままあっという間に国会で可決されてしまいました。なぜなのですか。

片木 最大野党の立憲民主党が最終的に賛成したからではないのですか?

久保木 もちろんそれは大きいです。ただ、私から見ると、政府が特定秘密保護法の際の「反省」を生かしてうまくやったという印象が強いです。法案が、特定秘密保護法の延長・拡大であるということが市民に広がれば、強い反発を招いて政府にとって不都合です。そこで、あくまでも「経済安保法の改正」という体裁とし、2年前に経済安保法の成立自体には反対をしなかった立憲民主党も引き入れて、市民に危険性が知れ渡る前にさっさと成立させた、という側面があるのではないでしょうか。仮に市民運動の盛り上がりが先にあれば、立憲民主党の態度も変わったのではないかと思います。

片木 地方自治法改正も経済秘密保護法も、市民がその内容や危険性について深く理解する前に成立させているということに恐怖を感じます。そもそも、これらの法律は、文言があいまいで、我々プロの法律家が条文を読んでもよく分からないんです。

湯山 条文自体にはあまり具体的なことを定めず、成立後の運用に丸投げする法律もそうですし、改憲手続を経ないままでなされていく実質改憲にも共通の問題があります。つまり、市民が気付かないまま、市民が手続きに関与できないまま、政府の権限がどんどん広げられているという問題です。これは民主主義の破壊であり、強い憤りを感じます。

久保木 民主主義もそうですし、この国の政治を見ていると、法の支配はいったいどこに行ってしまったのかと思うことがあります。しかも、実質改憲は、明らかにアメリカの意向に従う形で行われているのです。今年4月の日米首脳共同声明では、敵基地攻撃能力の保有を認め、軍事費を大幅に増やし、南西諸島の軍事要塞化を進める日本の動きを、アメリカは「歓迎」するとしました。岸田政権の暴走を止め、この国の政治を日本の市民の手に取り戻すことが急務です。